ザ・ネジプラネット

文学フリマ岩手11(6/21)

zineフェス仙台(6/28)のフリーペーパーに掲載

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 好きな感情ランキング2026初夏、1位「ときめき」2位「おもしろい」3位「戸惑い」。今回は3位の戸惑いにフォーカスしたい。ときめきと紙一重の差ではあるが、擬音で言うと前者が「キラッ!」後者が「れれれっ」だ。これが文字で伝わっているか不安になる。飛び出す絵本だったらもっと色々できたのに。

 例えば、googleマップで道を検索し、記念すべき第一歩目から逆方向のアスファルトを踏んでいる時。方向音痴というよりは、地図が苦手。勘で歩いた方が合ってる。道を間違えた時、まずどっちに進んだら良いのかという戸惑いが発生する。それと同時に、楽しい・面白いという感情も現れる。自分的にも、アスファルト的にも、予想外の展開が発生しているからだ。正しい道を通るより、道を間違えた時の方が興奮する。なので方向音痴な人と道を歩ける時はラッキー。何が起こるか分からないから。MステにPerfumeが出た時に匹敵するぐらいのわくわくだ。できれば方向音痴な人に道を任せたい。もし砂漠のど真ん中に取り残されたとしてもだ。

 例えば、スーパーで本来あるべき場所と違う棚に商品が置かれている時。調味料コーナーに置かれているアンパンマンチョコ。しょうゆ・しょうゆ・アンパンマンチョコ・めんつゆ。一体どの面下げて液体と並んでいるのだろうか。そもそキッコーマンに許可は取ったのか?ただ、一つ言えることは、決してアンパンマンチョコが自発的に着陸したのではなく、人間の手によって運ばれてきたということだ。アンパンマンチョコを疑ったってしょうがない。子供がこっそり置いた?店員さんが品出し中に血迷った?ジャンル分けされたスーパーの陳列棚に、違う世界の商品が一つ混じるだけで、その場所は異空間となる。シュールレアリスムを彷彿とさせる。そうなれば、ここはルーブル美術館。後ろで手を組み、じっくりと想像を巡らせながら鑑賞させていただいている。

 さて、ここまでは外での例を述べた。では家で戸惑うことはないだろうか。例えば、知らないネジ。掃除しながら一本のネジを拾い、「これ何のネジだっけ・・・?」と戸惑った経験が誰しも一度はあるだろう。棚か、イスか、はたまた自分か。ネジのように頭をぐるぐるさせて考える時間が楽しい。実家にいた時は謎ケーブルもよく発見された。「これ何のケーブル?」「うーんなんだろうね、取っておいて」という会話を両親と数年に一度していた気がする。おそらく毎年同じケーブルを拾っている。

 もっと戸惑いたい。そうか、自分で自分を戸惑わせたらいいんだ。偶然を仕掛ければ良いんだ。ネジを買おう。そう思い立ち、googleマップなしでホームセンターへ向かう。説明もよく見ず、用途不明のネジを購入。ネジ側も戸惑って怪訝な顔でこちらを見ている。ネジPerfumeのね〜ちゃんが「何に使われるんやろうか、うちらじゃ分からんねぇ」と呟く。ねじゆかと、ねっじは、黙って頷いていた。

 誘拐するように購入してきたネジが無事が家に到着。早速スチールラックの脚の陰に置き、ニヤニヤと眺める・

 数ヶ月後、そんなことはすっかり忘れてネジを拾い、「これ何のネジだっけ・・・?」と本当に戸惑った。作戦成功。時限爆弾見事爆発。己のちょろさにも戸惑って苦笑いする僕を、ネジPerfumeのみんなが優しく微笑んで見守っていた。

 外に出ないと、人と会わないと、偶然の出来事が起きないなんてことはない。一人で過ごしているだけでも、何かは起きるし、起こせる。予期せぬ状況を楽しめるようになると、人生に余裕が出てくる。山あり谷あり、谷をわくわくしながら探検するように生きていきたい。谷を脱出する為に、googleマップと逆方向に歩き、たまたま落ちているネジを踏んづけたらこっちのもんだ。

 

嘘みたいなことは全部嘘

 ZINEフェス仙台出展を終えてから1時間半後、気づいたら芝生の上に寝っ転がっていた。昼間起きていた出来事が、まるで嘘のように、誰もいない河川敷。勇気を持ってスマホをすすすと顔の上からスライドさせると、一匹の鳶が宙を舞っていた、でも待ってはくれないし、待ってほしくもなかった。今、この今にずっといたい。

 ピーヒョロロ。鳶が鳴きながら旋回するように、昼間の記憶が脳内をぐるりと巡る。去年の9月のZINEフェスは新作がトラブって間に合わなくて、落ち込み状態だったのでリベンジの意味もあった。先週文学フリマに出ていたおかげもあり、準備物があまりなく、比較的余裕を持って当日を迎えられた。

 ここまでが油断。お昼ご飯を先に調達するために、朝最寄りのスーパーに立ち寄った。セルフレジに商品をスキャンし、リュックに入れようとしたところ、サイドポケットから水を入れてたクリアボトルがガタッと落ちてしまった。落としただけならまだ良かった。手に取ると、バキンボキンにボトルが割れている。人間だったら複雑骨折と呼べるレベル。僕は複雑骨折もしたことがないし、外科医でもないし、骨でもないので、複雑骨折が実際どんな状態かは存じ上げない。でもバキンボキンには折れているだろう。

 骨折だけなら良かった。割れたところから水が漏れ、レジの下がびしょ濡れになっているではないか。一旦見なかったことにして、手に持っている薄皮あんぱんをリュックに入れる。一時停止。自他共に認めるまぬけであり、まぬけのZINEなんかも創ったが、ポリシーがある。それは誰にも迷惑をかけないことだ。人に迷惑をかけるまぬけは見てられない。ていうかサイアク。幸い、持っている分には水は漏れ出さないし、レジや別な陳列商品にも水はかかっていなかった。とはいえ、無視できるレベルではなかったので、出禁覚悟で店員さんに声をかけ対応をしてもらった。戸惑いつつもしっかり拭いてくれて、出禁にもならなかった。ほぼ毎日、何年も通い続けているスーパーで出禁を食らったらたまったもんじゃない。いや、どっちのセリフだよ。お手洗いに入り、試しに水を飲もうとしてみたが、ボトルを持っている右腕を水が渡り、口には入ってこなかった。神社の手水で柄杓の柄を洗う時のようだった。そんなことがあり、使い物にならないクリアボトルと共にイベントを過ごす1日だった。

 今日振り返るべき話は絶対にこれじゃない。わかってはいるが、書きたいことはこれだった。

 嘘みたいなことは、全部嘘だと思う。自分が書いた文章やアイデアを面白がってくれる人、試し読みもしないでなぜか買ってくれる人、買いはしないがやけに褒めてくれる人。良い意味で、あくまで良い意味で、訳が分からない。「自分を受け止めてもらう」、最近で出てきた悩みのテーマで(かなり浅瀬の表現)、頭を抱えて考える毎日だが、やっぱり短歌や文章を通じて表現するものが受け止めてもらいやすいし、受け止めてほしいと願っている気がする。受け止めるって言いすぎて、訳がわからなくなってきた。悪い意味で。とにかく、ZINEを買ってくれるという現象そのものが、嘘みたいなことで嬉しいのだ。そして、嘘であってほしい。その方が面白くて、気楽でいられるから。

 鳶がすっかり見えなくなってしまった。葉が揺らぐ音、川の水がせせらぐ音、夕陽が沈みゆく音、いろんな音が聞こえる。うーん、やっぱり、さっきまで自分がイベントで物売ってたとは思えない風景だ。じゃあ、さっきの鳶も本当だろうか?嘘だろうか?分からない。分からないけど、今この瞬間だけは、本当であってほしい。

 でも、クリアボトルが割れたことだけは、嘘であってほしい。

 

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みのもんたに睡眠を支配されている

 騙された。昨日は寝れると思っていた。文学フリマ岩手への出展を終えた昨晩、シャトルランの後ぐらい身体が疲労していた。実際、客足もシャトルランのように後半にかけてどどどっと増えていったので、本当に近い比喩である。これだけ疲れていたらぐっすりと眠れるだろう!「ファイナルアンサー?」みのもんたがニタァと不敵な笑みを浮かべる。「ファ#、 ファイナルアンサー」動揺して半音ずれながらも何とか返答をする。

 「ではもう、こちらには戻れません」みのもんたが、蒲焼さん太郎をゆっくりと破る。この時、手のベタつきを心配して手元に視線をやる程度の精神的余裕はあった。脈打つ鼓動、みのもんたと睨み合う視線、オーディエンスで見守る関口メンディ。

「ざんねええええん」 

 そう、つまり昨日も眠れなかったのである。2時間起きに目が覚める睡眠を3、4セット繰り返した。ワールドカップ中なので身体が自然とサッカーの試合と合わせているのかもしれない。元々寝れない体質ではある。中途覚醒しないで寝れる方がレア、皆既月食と良い勝負である。なのでぐっすり眠れた日は逆に不安になってしまう。原因はコーヒー、画面の見過ぎ、反芻思考など明白ではあるのだが...

 それにつけてもここ2ヶ月ぐらいは特に眠れていなかった。何があったわけでもなく、相変わらず勝手に不安強い時期に突入してしまい、中途覚醒の頻度がかなり増えた。はぁ〜寝た寝たと思って時計を見たら2時間しか経過しておらず、絶望家一門に入門もした。え〜仕事の夢をたくさん見るのも大変辛いもんでして、オイ田吾作、残業手当と深夜手当を申請しといてくれぃ!これが本当に通れば、あるいは落語の才があればもう少し生活に余裕が生まれるはずなのだが。

 寝る前も、中途覚醒した後も、すぐ考え事が浮かんでしまう。それならばと、考えを整理するためにジャーナリングをしてみたり、瞑想したり、色々試したがあまり効果は出ず。どうせ今日も寝れないなあと思いながら布団に入る日々だった。もっと寝れない時期を知っているので、そこまで心配される程のレベルではないとは思っている(自分の中では)

 昨日も眠れなかった。でも、「今日は眠れそう」と思えたことがすごく嬉しかった。それは心身ともに充足感を感じていたおかげだ。行ったこともない、初めての文学フリマ。東京で開催された写真を見た時、国家ぐらい人が集まっていて正直ドン引きした。人混みが得意ではないのでドキドキしながら盛岡のサンビルに向かうと、思いの外コンパクトで安心した。それでも新宿ぐらいは人がいた。ブースに到着すると緊張と不安と焦りが重なって動悸発動。しばらくサングラスしたまま準備をしていた。一つフィルターを挟んでいるだけでも、安心感が全然違う。サングラスをかけると泣き止む赤ちゃんがいるそうだが、僕もその類だろうか。開始30分ぐらいも呼吸がなかなか落ち着かず、美木良介のロングブレスダイエットよろしくヒーフーと深呼吸を繰り返していた。そんな状態だったので、むしろシャトルランのペースでお客さんが来てくれて助かった。自分の言葉に興味を持ってくれる人がいることが、まだまだ新鮮に嬉しい。買ってくれた人、その場で感想を言ってくれる人、どれを買おうか迷ってくれる人、全員人生のエンドロールに出てもらいますからね。いつも思ってますからね。

 良い夢が見れなくても、少ししか眠れてなくても良い。1日の終わりに健やかな気持ちと安心を迎え入れて一緒に眠りたい。その為にも、自分が面白いと思えることはやってみた方がいいなと改めて感じた週末だった。今週またZINEフェスもあるから、プレッシャーじゃなく楽しみな気持ちを優位にして臨みたい。幸い、今日も引き続き眠れそうな気持ちがある。ファイナルアンサー。

脱力系書道系人生

 昼休み、オフィスのトイレから出ようとしたら「ハッピーバースデー」か「書き忘れ」って話してる人の声が、廊下から聞こえた。明日誕生日だから前者であってほしい。

 

 書道教室の先生から「エルモくん、真面目な性格でしょ。丁寧に書いてんだけどね。うまくしようと考えすぎないでもっと力抜いて書こう。それを書を通じて学ぼう」と言われた。

 書は人を写す。年始から通い始めた書道教室。字に生き方が如実に現れる事を今学んでいる。毎月課題が変わり、4週間同じ漢字を練習するという流れで取り組んでいる。丁寧だけど小さく細く収まってしまうのが書き始めの頃の癖。先生に指摘され、それじゃあと思い大きく書こうとするな力みバランスを崩してしまう。そっくりそのまま自分の人生みたいだ。書き終える度に「俺やん…」と思う。集中してください。器用に生きれない。できないことをできるようになろうとすると、途端にフォームを崩す。力んでいるねという指摘後、肩を回し、深呼吸をし、ゆっくりと書いたらさっきより上手く書けた。「力っすわ」「やっぱそうだった?」先生ってこういう人を言うのだな。

 子供の頃に習っていたのはあくまで習字。それが何になるかなんて分かっていなかった。せいぜい字がうまくなるかな程度。残念ながらそうでもない。でも今は書を通じて生き方を学んでいる。うまくなったら嬉しいけど、それは目的じゃない。何を学ぶか。芸事の基本はそこにあるよねん。

 会社の人先輩からも、後輩からも、聴いてるpodcastからも、読んでる本からも、似たような言葉を近頃もらっていた。「ずっと人に緊張してる、しなくて良いんだよ」「もっと自分に正直になってください」「ずっと他人を起点にして生きてるんだね」

 そして書道教室の先生の言葉。

 人生にはそのフェーズそのフェーズにおけるテーマが天から課せられていると思う。きっとおでんくんの神様みたいなやつがヒョヒョイとやってるに違いない。むかつく。めんどくさい、めんどくさいが、そういうのがないと張り合いがないのだ。生きてるだけで偉いみたいな考えは好きじゃない。偉くなりたくないから。悩みたくないけど、悩んでる時にこそ命が動いてる。

 頑張らないと、強くならないと、と思い続けた1年だった。途中から楽しむことも覚えたんだけど、楽しくいないと、明るくないとと、べき思考が働いてしまい、どれが自然な状態なのか分からなくなってしまった。素直な自分はどこにいるのか。捜索し続けたが、この1年では見つけられなかった。探偵ナイトスクープに依頼しようかと検討もしたが、関西圏在住ではないので諦めた。ケムリに会いたかったなぁ。

 悔しいけど、もう気張らずに流れに身を任せてみろと言われてんだと解釈することにした。頑張ろうとしなくても頑張っている、強くなろうとしなくても強くなっている。

 素直に、力を抜けるようになりたい。自分にも、他人にも。蛇口を少しずつ緩めてみよう。よし、書き忘れなかったぞ。明日はハッピーバースデーを言い忘れないようにしよう。

春がこわい

 春のことを、ちょっとだけこわいと思っている。
春は、日差しが暖かくなり、花は咲き、鳥は鳴き、人は午前中からお出かけしたくなる。


 でも、時々そんな春がこわくなる。何で気温が上がっただけでこんなにやる気にさせられるんだろう、前向きな気持ちにさせられるんだろう。本意でなく明るく前向きになるのが嬉しい反面、後ろ向きな気持ちは蓋をせよと言われている気持ちもある。まるで、春という大きな魔物に地球が飲み込まれてるような感覚だ。そのうち春に支配されてしまうんじゃないだろうか。春に支配された地球は至る所で桜が咲いて、枯れてを繰り返す。年中花見をしている。ロフトのスケジュール帳フェアは一生終わらず、スケジュールだけのフロアまで作られる。ずっと新生活をしている。毎日ニトリが盛況している。あぁ、こわい。毎日楽しそうで。

 

 Netflixで「小学校、それは小さな社会」というドキュメンタリー作品を見た。1年生と6年生、先生達に密着た内容で、日本の小学校のリアルさが取り上げられている。純粋さに胸を打たれる反面、本当に必要なんだろうかと思う理不尽さや、先生達の葛藤に胸が苦しかった。すれ違う小学生達はいつも楽しそうに見えるが、彼らなりにも悩んだり苦しい思いもあることを、分かってあげたい。どういう立場で?僕は親じゃない。でも、どういう大人として社会で生きていくのか、どうしたら子供達に希望を持たせられるかを考えていきたい。

 

 明日から4月になる。期待と不安でランドセルを膨らませていた頃から、何年経っただろう。大人になっても、期待と不安でリュックを膨らませている人はたくさんいる。不安がリュックからはみ出している人もいる。春はこわいもんね。でも、春は過ぎ去る。どうせすぐ暑くなって夏になるから、春風に身を任せて流れるように暮らそう。でも夏もこわいなぁ。夏になったら考えよう。

節約

今月は節約月間。Geminiを活用して、お金の管理をちゃんとしてみようと試みている。クレカのアプリで過去の収支を振り返ったら、とてもとても政府に文句を言ってる場合じゃなかったのでいい加減自己管理しっかりしようと思ったのだ。文句言っても別に良いのだが。

甘いことばっかりAIに言って欲しくない。厳しい事言って欲しい。逆高市。なので何か欲しいものがあったらGeminiに一旦投げて「それ本当に今必要なものですか?」と叱ってもらうように設定した。昔の野党のようだ。対話をする事で物欲任せに浪費しなくなってきた。でも厳しすぎるのも、それはそれで困る。お菓子を買わない代わりに飴やフリスクで空腹感を満たせたよーと報告したら「代用する物の固定費がまた増えるだけですよ?かえって食欲を増進させるかもしれません。本当に必要ですか?」と叱られた。意地悪やわぁ。

 

そんな節約月間の日曜、2つの誘惑と格闘してきた。

 

誘惑ステージ1:カルディ
人がどんどん吸い込まれていくのでカービィーかと思ったらカルディの入り口だった。気づいた時には店員さんからコーヒーをもらっていた。手強いぜ。バナナチップス(サクサク)、ピスタチオ、豆乳ビスケットサンド、ワインら、いつもの購入メンバーに「最近ちょっと節約しててさ、また今度ね」と挨拶回り。「あぁ全然良いっすよ!偉いっす」と、みんな優しく応えてくれた。彼らのおかげもあり、コーヒー飲んでるうちに「いや別にいらねぇな…」と欲退治成功。紙コップを捨て、楽しい楽しいカルディで何も買わずに退店。いや、試飲のマイルドカルディだけ飲んで帰る客キモすぎないか?嫌な客、2度も来るな、ごめんなさい、もう2度としません、の、「トド」のぶぶん。レ点振るべし。

 

誘惑ステージ2:蚤の市
たまたま蚤の市をやってたので立ち寄る。
古道具が大好きなので、蚤の市に来ると財布が大口を開けて鞄から飛び出してくる。

お皿を眺めてたら「その絵俺が描いたんだよ」と、おじさん。さっきまで店員がいなかったので、店員なのか、野良のおじさんなのか、どっちだ。

「え、ほんとですか??」
「ほんとほんと!昔描いたやつで。外国人の人が買ってくんだよ。時代が映るからさぁ。」

「ほんとだ!上手!」
子供が描いたような絵があるなと確かに思っていたが、どうやら小学生時代にご本人や友人が書いた絵を売っているらしい。掃除のシーンや、火の用心ポスター。どれも構図がよくできていて良い味の絵。先生からのコメントまで書いてある。財布も涎を垂らして待っている。

「それは幸代さんだね。5枚セットで売ってるから値段するけどいいんだよ」「最高っすね」
やりとりも楽しくて、これまでの自分なら即買いしてたけど、節約月間なので泣く泣く我慢。「ちょっと他も見てきます〜」とおじさんに告げたが、無視された。カルディの商品の方が耳良かったな。
 別のブースでKOBEおじさんキーホルダーを200円で買った。目がパキついてて良い。友人が神戸に引っ越すので、こいつを身代わりにして仲良くするかな。

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毎月あけおめしたい

 初夢ではないけど、年始にめちゃくちゃうんこを漏らす夢を見た。夢占いを見る限り吉夢らしい。うんが着くから運が良いって安直すぎないか。便じゃないのか本当は。

 

かわいい人間なので年始や年度初めはいろんなモチベーションが高い。かわいいっしょ。今年はしっかり行動にしている。

今年に入ってから始めたこと

・中学生振りに書道教室に通い始める

・日記アプリ

・1年間スナック菓子禁止

・よく噛んで食べる

・自作自分用カレンダーを飾る

・目を見て話すことを意識して仕事する

・箸でケーキを食べてみる

・文学フリマ(に出る為の応募だけした)(6月の岩手いきます)(zineフェスは多分福島いく)

今年の自分ルールをノートにもちゃんと書きだしたので、それに基づいた行動が今の所はできてる。大きなことから小さなことまでよりどりみどり。どりどりいくよ。

 毎月年始の気持ちで過ごせたらモチベーションを保ち続けられるのでは?と思ったので、毎月あけましておめでとうって自分に言っていこうと思っている。言われてもいいよと人がいたら教えてください。毎月あけおめことよろ言って抱負を述べましょう。「今年の目標考えるのとかやめようかな」とも考えたけど、やっぱりあった方がいい。でも年始だけで終わっては勿体無い。こんなの大体の人が思って挫折していくんだろうけど、今年は違うどりよ。      カッケー奴になりたい。面白い奴になりたい。誰とも比較しない。そんなことを言いつつ、世界に戸惑いまくって不安だらけな生活をしてしまうことも忘れない。ド派手なことをする勇気やお金はないことも忘れない。RASENでfarmhouseも歌ってるね「かっけぇものかっけぇって歌うよりだっせぇものかっけぇに変える価値観反転180」、大事にするのはこれなのだよ。小さな世界を変えるんだ。

 僕は自分の1番のファンであり、1番のアンチです。先日初めて行った占いでも「あなたは自分が大好きね」って言われた。否定する余地がなかったので「はい、めっちゃ好きです!」ってバカみたいな返答をした。かわいいでしょ。

 かわいくて、おもしろくて、カッケー奴になろうな。みんなはどんな人間がかわいい?おもしろい?カッケー?お茶しながら話そう。ケーキもあるともっといい。最近はティラミスにハマってる。カフェとかケーキ屋さん箸はあるんだろうか。本当は素手でケーキを食べるとすごく楽しいんだよ。ケーキを既で食べる奴は、下品なだけか。